「源氏物語 胡蝶」(紫式部)

ここでも恋は成就しません。

「源氏物語 胡蝶」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

玉鬘を巡る男たちの争いは
水面下で激しくなる。
求婚者には
源氏の異母弟・蛍兵部卿宮、
無骨者の髭黒大将、
玉鬘の腹違いの弟・柏木
などがいた。
源氏は父親顔で恋文書きを
指南していたが、
ついには自らの気持ちを
抑えきれなくなり…。

第二十帖「朝顔」以来の、
源氏久々の色恋沙汰が描かれますが、
ここでも恋は成就しません。
相手はもちろん玉鬘。
ここ数帖、
主人公といっていいくらいの扱いです。

源氏は最初、傍観者的立場で、
玉鬘に言い寄る男どもの恋文を検閲し、
さらにはその人となりを
解説し始めます。
兵部卿宮に対しては
「人柄いといたうあだめいて、
 通ひたまう所あまた聞え」

(浮気な性分で、いろいろなところに
 妾を囲っている)、
髭黒大将については
「年経たる人の、
 いたうねびすぎたるを
 厭ひがてにと求むなれど」

(妻が年取ったのに嫌気がさして
 求婚しているのだよ)。
難癖つけ放題の源氏です。
源氏は結局、
誰にも玉鬘を渡したくないのです。

源氏はついに
恋心を打ち明けるのですが、
玉鬘の反応は、
「心憂く、いかにせむとおぼえて、
 わななかるる気色もしる」

(うっとうしく思い、
 途方にくれ、体が震えた)。
簡単にいえば「気持ち悪い、何この人」。
三十路前であったときには
源氏に言い寄られた女性で
このような反応をする女性は
いなかったのです。
この落差は一体どうしたことか?

その後の源氏言いぐさも見物です。
「浅くも思ひきこえさせぬ心ざしに、
 また添ふべければ、
 世にたぐひあるまじき
 心地なんするを」

(深い親子の愛情に、
 恋愛が加わるのだから、
 世に二つとない尊い愛なのだよ)。
親子の愛に恋愛感情が加われば、
邪恋としかいいようがないように
思われますが、源氏は臆面もなく
しゃあしゃあと言いのけています。

そして作者・紫式部は
こう付け加えています。
「いとさかしらなる御親心なりかし」
(お節介な親心だこと!)。

この一言で明確になっています。
源氏はもう
往年の恋の手練れではないのです。
世の女性の見る目は、
すでに老境にさしかかった光源氏です。
二枚目役者ではなく、
喜劇の三枚目としての存在なのです。

現代なら、三十六歳という年齢は
まだまだ若く、
「貫禄のある上司」
「落ち着いた紳士」といった見方が
されるのでしょうが、
紫式部はそう設定しませんでした。
恋愛物語一辺倒を避け、
常に新しい筋書きを追求した結果だと
思うのです。
それが源氏物語を
単なる娯楽小説から世界的古典文学へと
押し上げた要因なのかもしれません。

(2020.6.27)

Игорь ЛевченкоによるPixabayからの画像

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